信号の「進め」は、どう見ても緑に近い。それでも日本では青信号と呼ぶし、道路交通法施行令にも「青色の灯火」と書かれている。
目がおかしいわけではない。最初は法令でも「緑色信号」だったのに、先に広まった「青信号」という呼び名へ、言葉と実物が少しずつ寄っていった。
最初の法令名は「緑色信号」
大阪府警のQ&Aによると、日本に信号機が設置された当初、法令上の呼び名は緑色信号だった。ところが一般には「青色信号」「青信号」が定着する。現在は法令側も青色と呼び、灯火も青寄りに改良されたという。
最初の自動交通信号機が置かれたのは1930年3月、東京の日比谷交差点。JAFの資料によると、アメリカ製で、交差点の中央に灯器を立てる「中央柱式」だった。それまで警官の手信号や、「進メ」「止レ」と書かれた標識が中心だったため、色だけの合図が浸透するまでには時間がかかったという。
いつ言葉がひっくり返ったのか。日本視覚学会誌に掲載された栗木一郎さんの解説では、法規に「緑信号」と記されていたのは1947年までとされている。初期の新聞記事が「青信号」と書いたこと、語呂のよさもあり、実物を見た人まで青のほうを好んだらしい。
「あおしんごう」は六拍、「みどりしんごう」は七拍。たった一拍の差を決め手と言い切るのは乱暴だが、声に出すと前者の収まりがいいのは分かる。
青は昔、いまより広い色だった
日本語の古い基本的な色名は「あか・くろ・あを・しろ」の四つだったとされる。当時の「あを」は、現在なら緑と呼ぶ範囲まで含んでいた。8世紀ごろの和歌には、新緑の山を「青山辺」と表す例がある。
12世紀ごろになると、緑のものを「緑」と呼ぶ表現が現れ、青と緑の区別が広まった。それでも古い使い方は全部消えなかった。緑の葉物を青菜、熟していない果物を青いと言う。信号だけが特別に変なのではなく、昔の色分けが日常語のあちこちに残っている。
ここで勘違いしやすいのは、昔の人が青と緑を見分けられなかったわけではないことだ。見た目の違いは分かる。ただ、二つを別々の色名で呼ぶ習慣がまだ固まっていなかった。色そのものと、色を分ける言葉は別の話になる。
名前に合わせて少し青くなった
岩手県警の説明では、1930年に日本で初めて現在のような信号機が付いた当時は緑色で、1973年以降に作られたものは呼び名どおり青寄りになったとしている。国際的な信号の役割は守りつつ、緑の範囲内でできるだけ青く見える色へ寄せた、という落としどころだ。
世界共通の交通信号として割り当てられている色は赤・黄・緑で、日本だけ勝手に純粋な青へ変えたわけではない。だから青空のような青にはならず、写真のような青緑に見える。言葉に合わせたい事情と、緑として通じる必要の間に残った色だ。
言葉が現物を説明するのが普通なのに、青信号は呼び名のほうが先に走った。写真の灯火も、緑と言われれば緑、青と言われればかなり青い。交差点で毎日見ている色なのに、名前を外すと急に答えにくくなる。
見たもの
- 大阪府警:青信号は緑色に見えるのに、なぜ「青」と言うのですか
- 栗木一郎「なぜ『青』信号と呼ぶのか?」VISION 31巻4号
- e-Gov法令検索:道路交通法施行令
- 岩手県警:こうつうじこをふせぐには
- JAF:なぜ信号機は赤黄緑の3色が使われているのか
2026年8月4日確認。アイキャッチ:hyolee2/Wikimedia Commons、CC BY-SA 3.0。表示時にトリミングしています。この加工画像も同ライセンスで提供します。